イマココニイキル

私は私のために生き、あなたはあなたの為に生きる。

幸と不幸はワンセット

いつもありがとうございます。

ブログを見て何か感じたり、新たな視点を持っていただければ、今までとは違う人生の見方もできるのではないかと思っています。

 

ブログ自体はあまり明るい内容は多くありませんが、

皆さんが一度でも考えたり悩んだりしたことがある内容だったり、これからを不安で見えなくしている人達にも届いたらと思います。

 

今日は、対義語についてそこから感じる感覚について共有できたらと思います。

世の中には対になっている言葉が多くあります。

善と悪

出ると入る

高いと低い

重いと軽い

幸と不幸

生と死

など、世の中には裏表となるものが多く存在しています。

本来、この世にはいいも悪いもなくそれを決めているのは人の心であり、法という制限を人間世界に与えました。

人は全てからの自由というものには憧れはあるが、不安を伴う人も多く不自由さの中のでの自由を楽しむ傾向があるというのも今までのブログには記載しました。

善があるから悪がある。

みんないい人だと警察なんていらないのです。

また、おいしいという感覚も、空腹という感覚があるからおいしいという幸せを感じる事が出来る。

みなさんが当たり前に感じる四季もそうではないでしょうか?

それぞれの四季で感じる温度や食、心の移り変わりや社会、学校での行事など。

暖かいのが好きな人には冬の寒さを経験するから、夏が待ち遠しくなる。

人は地球からさえも感じることが出来るのです。

 

しかし、人には慣れというものが出てきます。

あってあたりまえ。

居て当たり前。

これは慣れではありません。

慣れという言葉の本当の意味を知っていますか?

慣れるとは、

今あるものを受け入れる。技術を使いこなすことが出来るという意味です。

経験や技術に関してを慣れるというのであり、感じなくなるとは全く別物です。

あって当たり前。という感覚は慣れではありません。

 

そんな勘違いした感覚をもっている人には、あるものに感謝するように、

当たり前じゃないんだと感じてもらうように宇宙は色々な現象をその人に与えます。

大切な人の死

事故

病気

災害

人が不幸と感じている現象です。

無限に存在しているような時間さえも、制限があると身をもって経験したらどうでしょう。

いつまでもそこに居たはずの、あったはずのものが無くなった場合はどうでしょう。

初めてあったことに感謝するのではないでしょうか?

今あるものが当たり前だと感謝しなくなった時から、もう一度思い出して欲しいというエネルギーが発動するんです。

 

私は、親なんてどうでもいいと思っていました。

家族なんて別に関係ないと。自分で生きていくし家族の事なんて知らなくてもいいと。

しかし、そんな私に家族の力を学ばせてくれたのは父親の癌でした。

あんなに生死を見てきたのに、親の死ほど心に刺さるものはありませんでした。

家族が病気になるってこんなにも辛い事なんだと。

看護師だった私は、分かっていたつもりに過ぎなかったんだと痛感しました。

自分の死を前にして涙を見せる姿がこんなにも悲しい事なんだと。

そのとき、初めて家族を理解しなきゃと思いました。

親は何を望み生きているのか、何を感じ何に心動かされる人なのか。

一番声が届くのは兄姉私のなかで誰なのか。

初めて家族を家族という枠から外し、一人一人の人間として理解することをが出来ました。

私は家族に感謝する事を父は自分の病気を持って、私に教えてくれたのではないかと今はそう思います。

 

声を発することが出来ない人は、声で伝えるとはどんなに凄いことかわかります。

耳が聞こえない人には、音を感じることが凄いことと感じます。

目が見えない人には、色を感じること、見ることの憧れがあります。

大切な人を亡くした人には、その人と一緒にいれることの素晴らしさや大切さを。

環境を無くした人には、その土地の素晴らしさや思い出の詰まった建物にさえも想いを向けます。

事故を起こせば傲慢な姿勢が謙虚になる。

病気をして初めて健康とはいいものだと感じ、優しくなる。

余命を感じたときに命とは有限なものだと感じる。

ひとは、不幸を経験しないと気が付かないということが多いです。

無くした瞬間に後悔が湧く。

もっとこうしてたら。。

こうしてれば。。。

テレビでも出てますよね。『タラ、レバ』のキーワードが出てくるんです。

 

感謝することを思い出して欲しくて、あなたのそばから色々なモノが消えていったのです。

子供を亡くした人には子供への感謝を。

親を無くした人には親への感謝を。

身体が動く事への、見える事、聞こえる事、話せる事、五感を支える事への感謝を。

食べれること、歩ける事、家がある事、暖かいお風呂に入れる事。

全て当たり前ではありません。

今ある事は奇跡なのです。

今日を迎えられたのは奇跡なのです。

家族と今を迎えられている事に感謝しかありません。

 

あなたは明日死ぬとわかったとき、命の時間を受け入れることが出来ますか?

明日が必ずあるという保証はありますか?

あなたの当たり前は無限なものだと誤解していませんか?

 

幸と不幸はワンセットで背中合わせ。

慣れる事と感じない事は違います。

感じてください。

不幸と感じる経験は、あなたに忘れた心を感じて欲しくて悲しみを与えたんです。

泣くという漢字は、さんずい『氵』に『立つ』と書きます。

涙を流したあとは必ず立ち上がらなければならない。あなたが経験した事を人に伝えるために。

 

生きている今にありがとう。と伝えよう。