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わたしを生きるブログ

人生は平等じゃない。私にしか私の人生は歩けない。

看護師として働く事

昨日のニュースで、北海道の新人看護師の子が過労死したとして裁判をするという記事を読みました。

 

亡くなられた彼女に御冥福をお祈りいたします。

 

この記事を読み、全国の現役看護師、私のように看護師だった人、家族に看護師の人がいる人の多くは色々な感情を抱いたのではないでしょうか。

その中の一意見として聞いていただければ幸いです。

記事をしらない人は読んでいただければいいとおもうのですが、

抜粋すると、

杉本さんは大学卒業後の12年4月に同市豊平区の「KKR札幌医療センター」に就職、「呼吸器センター」に配属された。タイムカードの記録で4月の時間外は47時間だったが、5月は91時間40分に達し、その後も65~85時間と続いた。就職から8カ月後の12月2日、1人暮らしをしていた市内のアパートで自殺した。

ニュースサイトで読む: http://mainichi.jp/articles/20170201/ddr/041/040/003000c#csidx9c87d5de9295232859c3fe6537c129a
という事でした。

私はこれを読んだ時、自分が新人の時はそれくらいしてた。という思いが正直なとこでした。同じ意見の方もいたのではないかと思います。

それぐらい責任がある仕事だからやるのは当然と思っていたし、

人の命を扱うとはそれくらい重大な事だと思っていました。

それでお給料をもらっている。

責任と義務をもって仕事をやらなきゃいけないだろ。と。

でも、看護師を経験し、新人も指導者も経験したところでこの件を多角的にみると色々な方面での因果関係があったのはないかと思いました。

・職場の要因

・彼女自身の要因

・家族の要因

・環境の要因

です。

まず、職場の要因です。

詳細な内容はわかりませんが、彼女は呼吸器のフロアだったと書いてありました。

呼吸器は、人が息をするために必要な臓器全てです。

救命の世界では、初期対応として声をかけます。声が出るということは気道が開通しているからです。

まずは気道の確保。人はここに問題があった場合は、生命維持は無理です。

そんな職場での勤務。呼吸器の操作があったのかもしれない。苦しいという人への対応もあったのかもしれない。それには知識と経験が必要。

彼女は月90時間の勤務外との記事でしたが、フロア全体がそれが当たり前だったのかもしれない。それくらい忙しい職場で彼女だけではないから時間外が多くてもスルーされる職場だったのかもしれない。

 

次は彼女の要因です。

彼女は先輩から与えられた事を学ぼうとしていました。朝は早く行き、夜は遅くまで。睡眠時間も2.3時間だったそうです。

それくらい真面目で真剣。きっちりした性格だったのかもしれない。しかし言い方を変えれば頑固で要領が良かったのかはわからない。実際に麻薬に関するミスをしている。初めてのミスかもしれない。ミスばっかりなのかもしれない。彼女の仕事ぶりはわかりませんが、大問題ではあります。人の命に関わるんです。

人にも相談できず溜め込んでしまった彼女にも要因はあったのではないかと思うのです。あくまでもこうなのかも。というだけです。

 

次に家族の要因です。

今は母親の言葉もでていますが、家族が彼女にどう接していたのかはわかりません。

こうなる前、家族として彼女とどう接していたのかなと思います。私たちの子供だからこうだろう。こうにちがいない。家族としての在り方も考えさせられるのではないでしょうか。

彼女が一人の人間としてどんな人物でどう感じる子なのか。大切にしていたつもりでは遅いのです。

 

最後に環境の問題です。

今の看護師の学校教育は、大学で学ぶ流れになっています。実際に私がいた専門学校はもうなく、大学に変わっています。大学と専門学校ではカリキュラムが違います。

専門学校はより実践的という感じでした。膨大な技術テストを合格していくかというのも重要ではありました。実際に患者さんにもします。注射とか、薬の投薬はありませんが、清潔ケアや教育指導などはさせてもらっていました。

注射の実践は友達同士でやったし、あらゆる技術を学校でやり、実際に実習先でもあった大学病院に就職しました。しかし、3年間、間違いなく一生のうちで一番勉強し大変だったあの経験がなんだったのかと思うくらい大変な職場だったんです。

想像以上に応用的で目まぐるしく時間が進み、処置、ケア、ナースコール、家族対応など多くの仕事が待っていました。こんな世界だと思わなかった。正直な意見です。

あとは、人間関係。まだまだ女の職場です。ここも間違いなく大変だったのは言うまでもありません。

では、大学の教育はどうか。実際に大学生の臨床指導している知り合いも多く、自分でも見てきたり、実際の大学生からも話を聞きました。

今は、医療安全が厳しく学生が実践的なことをしない方向になっていると。ナースセンターでいつまでも机にかじりつき書類ばっかり書いていると。いつになったら受け持ち患者さんのところに行くのかなと毎回思うと。

学生自身も実践が少ないまま現場に出るのはとても不安だと。

私たちの頃は、ナースセンターにいたら先輩看護師の目が怖かったので、いかに患者さんのところで過ごすかでした。座ることも躊躇し、棚の隙間を使って実習の資料を書いていたねと今は笑い話になります。

しかしそのおかげで、患者さんと向き合う大切さや、その人を思ってケアする難しさを学びました。学生がつく事を嫌がる患者さんもいます。しかし、学生さんによくしてもらったと言われたくてみんな努力していたと思います。

それだけやっても実際に現場に入ればカルチャーショックを受けるんです。今の時代の新人さんは現場に入ってから学べというスタイルで入る。

そんな子たちがあの現場についていける方が難しいのです。先輩たちも大変だと思います。自分の仕事もあるけど教育もある。でも厳しくするな、辞めさせるなと上司は言う。でも現場はそんな甘くはない。

はやく一人前になって欲しい思いで学んでと言っていたのかもしれない。だからこそ先輩看護師を責めることもできません。

また、彼女の友達はどうだったのでしょう。友達としてできる事をしていたのかもしれない。しかし、

自分が大嫌いで、何を考えて、何をしたいのか、何ができるのかわからなくて。苦しくて、誰に助けを求めればいいのか、助けてもらえるのか、全然わからなくて。

と彼女からはこの言葉が残ってしまいました。

 

彼女の死は色々なものが重なったと感じます。

誰が悪い、いいなんてその人の価値観です。

本当のことなんて彼女にしかわからない。私たちは想像でしかないんです。

しかし、彼女はこの世を去りました。

これは事実です。

彼女は自分を亡くすことでみんなに伝えたかったことが、周囲が学ばなければいけないことがあるのではないでしょうか。

亡くなったのは彼女の寿命です。

そうなるように彼女は生まれる前に自分で決めて生まれて来たのではないかと思います

家族に、友達に、職場にみんなに学んでもらうために。

自分を失くし、みんなに悲しみ与えるために生まれて来たのではないでしょうか。

家族は、家族としての在り方、子供を本当に大切にするとはどういうことなのか、友達は、友人が居なくなるとはどういうことなのか、向き合うとは、友達とは。職場は、今の体制のあり方、業務内容など。

彼女の死によって多くのことを学ぶことができる。

そして彼女に縁もゆかりもない私達が、彼女の死をもって彼女がこの世に存在して居たことを知る。そして自分としての看護師の在り方をもう一度考えるきっかけを与えてくれた。

 

看護師の世界は厳しい。悩む子は多いし、辞めて復帰しない人も多い。

自分の失敗で人を殺す危険性がある。常に神経を張る世界なんです。

仕事には向き不向きがある。どの職業でもそうだと思います。

看護師は憧れだけでは痛い目をみる。

何も知らない人は、お給料高くていいねー。どこ行っても働けるでしょ。

そんな簡単な世界ではない。

学生自身も覚悟もってなってほしい。無理なら辞めるべきです。

しかしそれくらい誇りのある仕事だと私は思います。

救命、集中治療をしてきた経験は本当にかけがえのないもので、知り合った人達も本当に尊敬できる人ばかりです。

私は看護師でよかった。

本当に胸を張って言えます。

 

みんなが学ばないと彼女の死が、彼女の使命が達成されない。

辛かったこの世ではなく、あの世でもう一度彼女の人生を魂だけで生きてもらえること祈って。。。。